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長野地方裁判所上田支部 平成8年(ワ)70号 判決

原告

手塚圭美

原告

山本きぬ子

右両名訴訟代理人弁護士

岩下智和

滝澤修一

町田清

松村文夫

内村修

上條剛

鍛治利秀

水口洋介

今野久子

鈴木幸子

被告

丸子警報器株式会社

右代表者代表取締役

塚田正毅

右訴訟代理人弁護士

湯本清

茅根熙和

春原誠

主文

一  原告らが被告に対し、それぞれ労働契約上の地位にあることを確認する。

二  被告は原告らに対し、平成八年六月から毎月二五日限りそれぞれ金一四万六〇五〇円ずつを支払え。

三  被告は原告らに対し、それぞれ、金五〇万六〇〇〇円及び内金二五万五〇〇〇円に対する平成八年八月六日から、内金二五万一〇〇〇円に対する平成八年一二月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決の第二項及び第三項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要及び争点

一  本件は、被告の臨時社員として、二か月の雇用期間を更新しながら長期間の勤務を続けた原告らが、被告の雇止めの措置に対し、労働契約上の地位の確認と賃金及び賞与の支払いを求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実は次のとおりである。

1  被告は、肩書住所地で「ホーン(自動車用警報器)」や「リレー」など自動車用部品を製造販売している会社である。設立は昭和二四年一二月一五日で、住所地に本社を有し、資本金は一二八〇万円である。製品の大部分を、トヨタ自動車株式会社、日野自動車株式会社及びダイハツ工業株式会社の各社から受注している。

2  被告は、当初、生産ラインにおけるホーンやリレーの組立作業を、期間を定めず雇用した女子の従業員(女子正社員)に行わせていたが、昭和四二、三年ころ、近辺の家庭の主婦を中心に二か月の雇用期間を定めた女子臨時社員を多数採用し、以後も必要に応じて補充し、従前からの女子正社員と共に組立作業に従事させた。

この女子臨時社員らは、二か月ごとに雇用契約の更新を繰り返して勤務を続けた(ただし、雇用契約更新手続きの具体的態様については争いがある)。原告らに対する後記雇止めがなされるまで、女子臨時社員の退職はすべて同人ら側の事情によるものであり、被告側から雇用契約の更新が拒絶されたことはなかった。

3  原告手塚は、昭和五二年九月一二日に、原告山本は昭和五五年八月二一日に、それぞれ被告との間で臨時社員の雇用契約を結んだ。原告手塚は入社時四二歳、原告山本は四五歳で、いずれも既婚であり、夫や子供を持つ主婦であった。入社以後、原告らは一貫して、被告の工場内の生産ラインで、被告の製品のひとつである標準ホーンの組立作業に従事してきた。後記の雇止めまでの勤続は、原告手塚については一八年八か月であり、契約の更新は、昭和五二年一〇月一日からを第一回として一一二回に及び、原告山本については一五年九か月であり、契約の更新は、昭和五五年一〇月一日からを第一回として九四回に及んだ。

4  被告は、平成八年四月九日、被告の工場におけるホーンの生産ラインの一本を機械導入により自動化することと、主力製品である「M四リレー」の受注減が見込まれることにより組立作業員に余剰人員が生じることを理由として、原告らを含む年齢六〇歳以上の七名の女子臨時社員及び製品管理部に属していた年齢六七歳の男性嘱託社員一名の合計八名につき、雇用期間の満了する同年五月三一日をもって雇用契約を終了させ、以後の契約更新を行う意思がないことを、右対象者のうち休暇をとっていた原告手塚を除く者に口頭で通知した。原告手塚に対しては翌四月一〇日に通知した。当時、原告手塚は満六一歳、原告山本は満六〇歳であった(以下、この通知によって被告が原告両名につき、平成八年六月以降臨時社員としての雇用契約を更新しないという措置を「本件雇止め」という。)。

三  原告らの主張

1  原告ら女子臨時社員の雇用契約は、形式的には期間二か月と定められているが、以下の理由により、その実質は期間の定めのない契約である。

(一) 本件雇止めに至るまで、女子臨時社員の雇用契約は、更新が繰り返されており、被告の側の都合で更新が拒絶されたことは一度もなかった。

(二) 原告らの雇用の際には、被告の担当者から、原告らと正社員の地位の違いなどの細かい説明はなされず、むしろ、雇用期間の更新が当然予定され、希望すれば長期間の勤務ができるような話がなされていた。

(三) 現実の契約更新も、雇用契約書が作成されて原告らに交付されはするものの、その作成は原告らが被告側に預けた印鑑を用いて形式的に繰り返されてきた。

(四) 原告らはこのようにして一九年あるいは一六年といった長期間の勤務を現に続けていた。

2  したがって、本件雇止めは、期間の定めのない雇用契約における解雇と同様に、濫用の有無が検討されるべきところ、本件雇止めの理由が余剰人員の整理にあるというのであるから、いわゆる整理解雇の法理が適用され、これが権利濫用にあたらないためには次の要件を充足する必要がある。しかし、本件雇止めにおいてはそれらがいずれも満たされていない。

(一) 当該解雇を行わなければ企業の維持存続が危殆に瀕する程度に差し迫った必要性があること。

(二) 従業員の配置転換や一時帰休制あるいは希望退職者の募集など、解雇回避の努力がなされたこと。

(三) 労働者側と十分な協議を行い、整理の時期、規模、方法について説明をし、納得が得られるよう努力したこと。

(四) 整理基準及びそれに基づく人選の仕方が客観的・合理的なものであること。

3  被告の主張する六〇歳定年制との比較の問題については、次のとおり反論する。

(一) これまで被告の臨時社員は、六〇歳を超えても雇止めされることなく契約の更新を続けていた。

(二) 臨時社員の就業規則には定年の定めはなかった。

(三) 六〇歳を超えれば退社するという慣行もなかった。

(四) (一)ないし(三)により、原告らは六〇歳を超えても働けるという期待を持っていた。

以上から、原告らが本件雇止め当時六〇歳を超えていたという事実は、何ら原告らの雇用契約が実質的に期間の定めのない契約と認めることの支障となるものではない。

四  被告の主張

1  原告ら女子臨時社員については、被告の受注産業性が強く、常時コストダウンや合理化に迫られるという企業の特質にかんがみ、雇用調整の必要が生じた場合に備えて、あえて雇用期間を二か月として採用したものである。原告らは平成八年五月三一日をもって雇用期間が満了したから、被告との雇用契約は終了した。

2  実質的に期間の定めのない雇用契約であるとの原告の主張に対しては、次のとおり反論する。

(一) 原告ら臨時社員は、正社員とは採用手続きも異なるし、採用時の年齢も異なる。即ち、正社員については履歴書、身上書、成績証明書、健康診断書等の提出を受けるが、臨時社員の場合は履歴書あるいは身上書のみであり、原告らについてはそれらの提出も受けていない。正社員は社長と人事担当者が面接し、選考のうえ採用を決定するが、臨時社員の採用面接は人事担当者のみであり社長は立ち会わない。入社時の年齢も、在籍する女子正社員の平均は一七・三歳であるのに対し、在籍する女子臨時社員の平均は三九・七一歳である。原告手塚は入社時四二歳、原告山本は四五歳であった。

(二) 被告は、前述の理由から二か月を雇用期間として雇止めの容易な女子臨時社員を採用することにしたのであり、採用にあたり、将来雇止めを行わないことを保証したことはなく、臨時社員が望む限り雇用契約の更新をすることを確約したこともない。

(三) 雇用契約の更新手続きは、二か月ごとの更新の都度、被告が雇用契約書二通を臨時社員に示し、同人がその内容を確認して押印し、一通を保持することにより行ってきた。更新が単なる形式に過ぎないとはいえない。

3  一般に雇用期間満了による雇止めが権利濫用や信義則違反にあたる場合があるとしても、本件雇止めは、原告らも含め、被告の正社員であればすでに定年である六〇歳以上の臨時社員に対して行われているのであるから、権利濫用などにはあたらないというべきである。

まず、期間の定めのある労働契約が実質上期間の定めのない契約と異ならないとされて雇止めが制限されるのは、会社が期間が満了したというだけでは雇止めを行わず、臨時社員もこれを期待、信頼するという相互関係のもとに労働契約関係が存続、維持されてきたような場合である。本件では原告らは雇止め当時六〇歳を超えているところ、日本ではおおむね六〇歳になれば退職することが広く社会的に認容されており、被告においても正社員の定年は六〇歳であるから、原告らと被告間では、臨時社員が少なくとも六〇歳に達した場合には、期間満了によって雇止めされることがあり得ることは、当然の前提となっていたものである。臨時社員が六〇歳を過ぎても被告が期間満了による雇止めを行うことができないとすると、臨時社員であるが故に雇用期間の面で正社員より厚く保護されることになるが、そのようなことは被告も臨時社員も想定していなかったと解される。したがって、臨時社員が六〇歳に達していた場合には、期間の定めのない労働契約と同様の論理で雇止めが制限されるべきではない。

また、被告の臨時社員には定年の定めはないが、それは期間の定めのある雇用契約の性質上設けていないに過ぎず、臨時社員が望む限り何時までも雇用契約を更新することが契約上予定されているものと解することは相当でない。定年制が法解釈上においても社会的にも是認されていることにかんがみれば、短期の雇用契約が更新されて、臨時社員が社会一般に相当とされる定年の年齢に達した場合は、使用者にはそれ以上継続して雇用契約を更新すべき義務は条理上存在せず、雇止めは、権利の濫用や信義則違反に該当しないものというべきである。そして、被告における正社員の定年が六〇歳であること、本件雇止め当時、大多数の企業が六〇歳定年を採用し、六〇歳を超える定年を定める企業はごく少数にとどまっていることからすれば、社会一般に相当とされる定年の年齢とは六〇歳と解すべきである。

4  整理解雇の法理の問題として原告が主張する諸点については、次のとおり反論する。

(一) 雇止めの必要性

被告は、昭和二四年の設立以降自動車業界の成長拡大と歩を同じくして、おおむね順調に売上高と利益を増大してきたが、バブル経済が崩壊に向かった平成二年を境として、一転して年々減少を続けている。営業損益は、平成六年と平成八年の三月期には赤字を計上し、従業員もまた減少し、平成元年と本件雇止め当時である平成八年五月を比較すると、後者の方が三六名、比率にして二〇パーセント少ない(臨時社員を含む。)。被告は、その製品の約九〇パーセントをトヨタグループその他のカーメーカー各社に販売する典型的な下請部品メーカーであり、従来から巨大企業である日本電装株式会社と競争関係に立たされ、コストダウンのための合理化を絶えず推進することを余儀なくされてきた。

カーメーカーのコストダウンの要請も、バブルの崩壊や自動車業界の経営環境の悪化により、一段と厳しくなった。トヨタ自動車は、平成四年末ころ被告に対し、今後三年間にホーンの納入価格を一五パーセント切り下げるよう要求した。これを受けて被告がプロジェクトチームを作って検討した結果、ホーンの従来の主力製品である八五ハイを小型化して材料費等の費用の低減化を図り、併せて組立を自動化して人件費の削減を行うこととし、平成七年秋に右目的に沿う新製品七〇ハイの設計を完了し、その組立自動機を購入して設置し、平成八年五月一三日から運転を開始した。

右組立自動機は、一日に約四〇〇〇個の生産能力を有し、従来の二ライン、六名分の組立要員の作業をまかなうことができる。従来の組立要員は、部品供給に一名を要するだけとなり、結果的に五名が余剰となった。なお、雇止め決定当時の予測では四名であったが、機械の試運転の結果オペレーターにも技術力のある男子正社員をあてる必要があることが判明したので、結果的に五名の余剰となったものである。

雇止めが必要となった理由のもう一つは、トヨタ自動車の発注によるM四リレーの受注減である。同製品は、被告の全売上げの一四パーセントを占める主力製品であったが、平成七年にトヨタ自動車は、今後モデルチェンジする車種には、M四リレーに代えて、小型で低価格なISOリレーを採用することを決定し、ドイツのシーメンス社と日本電装がこれを受注した。したがって、M四リレーの受注は、今後数年ですべてなくなることが確実となった。

M四リレーは、平成七年度中は、四名構成の手組みラインと二名構成の自動機ラインを使い、期間により八名ないし四名の作業員で生産したが、平成八年度には、右事情から、受注が前年の約六割に落ち込むことが予測され、通年四名体制で十分に受注に対応できることが見込まれた。以上から、本件雇止め当時、合計八名の人員整理の必要があったものである。

(二) 人選の合理性

余剰人員が生じた業務は、ホーン及びリレーの組立作業であるから、雇止めの対象者は原則としてその作業員から選ぶことにした。そして、雇用調整を想定して短期の雇用期間を定めて採用した臨時社員の中から、正社員の定年や社会一般の定年退職の慣行にかんがみ、雇止めによる不利益が少ないと考えられる六〇歳以上の者を対象とした。

六〇歳以上の組立作業要員たる臨時社員は、原告らを含む七名であり、予定余剰人員に一名足りなかった。その他六〇歳以上の社員としては、六七歳と七三歳の男性嘱託社員がいた。前者は、製品の箱詰め作業についており、組立作業の余剰員によって代わり得るのに対し、後者は、焼却場管理、ガス、水道、石油類の管理、工場回りの清掃などの業務についており、組立作業員の余剰員では代わり得ないので、前者を雇止めの対象とすることにした。

(三) 雇止めの回避措置

被告は、(1)平成七年一二月末までに従前一〇名使用していた日系ブラジル人社外工との契約を、一名の女子を除いて打ち切ったり、(2)接点カシメ、ULMホーンの鉄片加工、その他の外注に出していた業務を引き上げて社内生産に切り換えたり、(3)平成四年以降シルバー人材センターから派遣を受けていた二名の作業員を、平成七年一二月末で打ち切ったり、(4)平成三年以降臨時社員の採用を停止して、雇止めの回避をしてきた。

(四) 組合への説明と原告らへの通知被告は、平成八年四月九日に原告らの所属する全日本金属情報機器労働組合丸子警報器支部に対して、原告らを含む八名の社員が五月三一日限り雇用期間満了により退職になること及びその理由として組立自動機の導入とM四リレーの受注減により八名の組立作業員が余剰となることを説明し、同日、雇止め対象者のうち原告手塚を除く七名に口頭で通知し、休暇をとっていた原告手塚には翌四月一〇日に口頭で通知した。

第三当裁判所の判断

一  原告らの雇用形態と雇用継続への期待の保護

1  原告らと被告との雇用契約には、いずれも二か月の雇用期間の定めがあり、同じく平成八年五月末日限りで、同年四月一日からの二か月の雇用期間が満了したことは当事者間に争いがない。原告らとしては、それまでどおり雇用契約が更新されることを期待していたのに、その更新を被告から拒絶されたものである(便宜上、「雇止め」という表現を用いているが、その実体は雇用契約を更新しないという被告の不作為である。)。もともと期間の定めのある雇用契約の場合、その更新がなければ、特段の事情がない限り、期間の満了によって雇用関係が終了するのが原則であるが、右特段の事情の存否が本件における基本的な争点である。

2  ところで、期間の定めのない労働契約において、使用者がその経営上の必要から労働者を解雇するいわゆる整理解雇の場合、労働者側には何ら責に帰すべき事由がないにもかかわらず、職を奪われ生活の糧たる賃金を得る場を失うに至るものであるから、当該整理解雇が解雇権濫用ないし信義則違反として無効なものでないか否かが慎重に検討されるべきであり、整理解雇が許容されるためには、(1)整理解雇を行わなければ企業経営が危殆に瀕するような差し迫った事情が存在すること、(2)解雇回避努力がなされたこと、(3)事前に十分な労使協議が行われたこと、(4)解雇対象者の選定が合理的な基準のもとになされたこと、以上の要件がいずれも満たされる必要があると解するのが相当である。

3  そして、本件のように短期の期間を定めた雇用契約においても、その更新が使用者側から拒絶されることなく反復され、結果的に長期間にわたり雇用が継続されている場合は、期間の定めのない雇用契約における整理解雇の場合と同様の理由により、使用者側の一方的都合で雇用契約の更新拒絶即ち雇止めをすることは、権利濫用の法理ないし信義則により規制されるというべきである。

それは、期間の定めがあっても雇用が長期間に及んでいる場合には、労働者の側に自己の都合で退職しない限り引き続き働いていられるとの継続雇用への期待が生じるのが通常であり、その期待は、まさに期間の定めのない雇用契約におけると同様のものであって、労働者の生活基盤を支えているという労働契約の特質上、十分に保護されなければならないからである。

そこで、原告らに対する本件雇止めも、こうした権利濫用の法理ないし信義則上の規制を受けるか否かが検討されなければならない。

4  前記第二の二の2及び3記載のとおり、被告においては、昭和四二、三年ころに多数の女子臨時社員を雇い入れて製造ラインにつかせるようになって以来、原告らに対する本件雇止めに至るまで、被告の側から雇止めをしたことは一度もなく、臨時社員らは、自分の都合で辞める者以外は雇用契約の更新を繰り返して勤務を続けてきており、原告手塚においては、昭和五二年九月一二日の入社以来、一一二回の更新を繰り返して一八年八か月の間勤続し、原告山本においても、昭和五五年八月二一日の入社以来、九四回の更新を繰り返して一五年九か月の間勤続したものである。原告らがこのように長い年月に及ぶ勤務を継続してきた事実のみをもってしても、原告らにおいて将来にわたり雇用が継続されるとの期待を抱くのは無理からぬところであったといわなければならない。加えて、被告においては、臨時社員に対しても、年一回の昇給(ベースアップ)や、原則として年二回の賞与、勤続三年以上の者に対する退職慰労金(勤続年数により増額)の支給などが就業規則に基づいて実施されていた(〈証拠略〉)。これらの制度は、被告において臨時社員の継続雇用が常態であったことの反映であったと見ることができ、原告らの右の期待はごく自然なものと認められる。

なお、被告は、採用時の提出書類や面接者、採用される年齢層が正社員と臨時社員とでは異なること、採用にあたり、将来雇止めを行わないことを保証したことはなく、臨時社員が望む限り雇用契約を更新することを確約したこともないことをとりあげ、臨時社員が正社員とは本質的に異なり、期間の定めのない契約と同様に考えるべきではないことを強調する。右の事実関係は(証拠・人証略)によっておおむね認められるところである(原告らは、採用時に希望すれば長期間の勤務ができるような話がされたとの趣旨の主張もするが、これを認めるに足る証拠はない。)。しかし、これらの事実があるからといって、原告らの雇用継続への期待の認定が妨げられるものではない。

5  もっとも、臨時社員の側に雇用継続への期待があるというならば、被告の側にも臨時社員を採用した本来の趣旨であるところの、雇用調整を容易にするために雇止めを機能させるという期待もあったといえるのであって、被告に臨時社員という採用形態を選択することの自由を認める以上は、被告側のこの期待も尊重されなければならない。この点が、期間の定めのない雇用契約の場合と本質的に相違するところである。したがって、個々具体的な雇止めの局面において、いずれの利益、期待を保護すべきかを検討することによってその相当性を判断するべきものと解される。

二  雇用契約更新の具体的手続き

1  原告ら臨時社員の雇用形態を期間の定めのない雇用契約と類似のものとみなすか否かに関係して、その更新の具体的手続きがどのように行われていたかという点も問題とされたので、一応言及するに、(証拠・人証略)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 毎回の更新期限前に、各人の雇用契約書二部が社長印及び社員印以外の箇所を全部被告側において記入して用意され、総務部から製造部の各課に届けられたうえ、臨時社員らが各職場の課長席にそれぞれ置いておいた印鑑が契約書の社員名の名下に捺印され、その後二部とも総務部に持ち帰られて社長印が捺印され、一部が再び製造部各課に届けられて各人に交付された。右手続き以外には、臨時社員らの雇用契約更新の意思を確認されることはなかった。

(二) 原告らの所属していた課の場合、課長において雇用契約書が届いたことを臨時社員らに告げたうえ、一括して同人らに代わり捺印していたこともあった。しかし、原告らが組合に加入した平成二年ころからは、めいめいが捺印することを求められるようになったが、このころにおいても、本人が欠勤している場合には、課長が捺印することもあったし、同じ製造ラインについている社員が代表で全員の分を捺印することもあった。

(三) 平成五年一〇月に原告らを含む臨時社員らが賃金差別を理由とする損害賠償請求事件(当庁平成五年(ワ)第一〇九号。以下単に別訴という。)を提起してからは、各人に契約書の用紙が封筒に入れられて届けられ、臨時社員自ら捺印することが一層徹底されるようになった。

2  以上のとおり認めることができる。(人証略)は、別訴提起前までは、各課長が全部社員の捺印を行っていたかの如く証言あるいは供述するが、少なくとも原告らの所属していた課の扱いに関しては、前掲証拠に照らして採用し難い。

3  しかし、右のように各人の捺印が求められるようになって以降も、欠勤者の分の捺印は課長が何ら問題を感じることなくこれを代行したり、同じ製造ラインの全員の分を一人が代表して捺印したりしていた事実が示すように、毎回の契約書作成は、雇用継続が前提での形式的な処理という印象を否定し難い。したがって、近年は原則として臨時社員自らが捺印するようになったからといって、雇用継続を臨時社員らが期待するのも当然であったとの認定を何ら妨げるものではないといわなければならない。また、別訴提起後雇用契約書への捺印が特に慎重になったからといって、その一事をもって、この時点から格別雇用の形態が改められたものと見ることはできず、原告らの期待が変容したと考えることもできない。

三  本件雇止めと経営上の必要性

1  前記一の2ないし5記載のとおり、原告らに対する雇止めは、期間の定めのない雇用契約における整理解雇の場合と同じく、権利濫用の法理ないしは信義則により制約されるが、一方において、前記のとおり、短期間の期限を定めて臨時社員を採用すること自体は被告の自由として許容すべきものであるから、整理解雇と全く同様の厳格な要件のもとにしか許容されないと解することもできない。

ことに、雇止めを必要とする経営上の都合については、それをしなければ企業の維持存続が危殆に瀕するほどに差し迫った程度のものでなければならないとすると、雇用調整を容易にすべく臨時社員制度を採用した意義が損なわれることになり、ひいてはそのような雇用形態を設ける自由をも否定することになってしまうから、そこまで厳格に解するべきではない。

2  (証拠・人証略)によれば、被告の主張(前記第二の四)4の(一)記載の事実のうち、本件雇止め当時合計八名の人員整理の必要があったとの部分を除き、すべて認めることができる。

右認定事実によれば、被告は平成三年度以降の売上高や利益の低落傾向、平成五年度と平成七年度の二度にわたる営業損益の赤字に加え、被告ら下請業者に強い支配力を持つトヨタ自動車からの厳しいコスト削減要求を受け、また主力製品であったM四リレーの発注停止を宣告されており、今日明日に経営が危殆に瀕するというほどではないにせよ、企業の維持存続上深刻な事態を迎えているということができる。したがって、被告が、機械の導入や、主力製品製造停止の予測をふまえ、臨時社員を対象として雇用調整を具体的に検討し始めたことは、やむを得ないことであったといえる。

3  しかしながら、こうした事情があるからといって、ただちに平成八年五月という時期に、自動機と入れ替えるようにして原告らを含む八名もの臨時社員らの雇止めを決行する必要があったかというとそれは疑問である。(人証略)によれば、雇止めの後、ホーンの受注が被告の予想を上回って増加し、平成八年の秋には一時期ホーンの組立自動機を管理職の協力のもとに昼夜二直体制で稼働させたり、平成九年の二月と三月にはブラジル人派遣労働者四名を使って二直体制を行ったりし、また、同年五月からは手組みのホーンの受注が増加したため、自動機はブラジル人に任せ、自動機のために組ませた男性三名と女性一名のチームをそっくり手組みのラインに回した事実が認められる。更に、M四リレーの受注も、(証拠・人証略)によれは、平成八年度の納入予測は、前年より四五パーセント減少する見込みであったのが、実際には一五パーセントの減少にとどまった事実が認められる。

本件雇止め後における以上の事情は、結果的な現象であろうし、(人証略)も予測するように、好況は一時的な現象に過ぎない可能性もあり、ことにM四リレーなどはトヨタ自動車の廃止の意向が明確であるため、遅かれ早かれ生産停止になることが見込まれる。しかし、右のように雇止め後間もない時期にホーンの増産体制を組まなければならなかったという事態は、いかに被告の受注見通しや人員の配置計画が予測のとおりに運ばないかを示しているといえるのであり、このことに、長期間にわたって勤務を続けた臨時社員らの雇用継続への期待は十分に保護されるべきであることを考え併せるならば、雇止めによる雇用調整の実施は、現実の受注に比して人員の余剰が生じたとみられる場合でも、なお数か月間は受注状況の推移を観察するなど、慎重な考慮が要求されるというべきである。

4  以上のように、臨時社員の雇止めが許容される条件の一つである経営上の必要性をある程度緩やかに考えたとしても、本件の場合それを満たしていると認めることは、いささか困難である。

四  雇止め回避措置及び事前協議

1  本件雇止めにおける最も大きな問題は、雇止めの回避措置及び労使間の事前協議が何らなされていないことである。

被告は、回避措置に関し、ブラジル人社外工やシルバー人材センターの作業員を打ち切ったり、外注を引き上げたり、臨時社員の採用を停止したりしたと主張し、これらの措置が行われたことは、(証拠・人証略)により認められるところではあるけれども、これらは本件雇止めの具体的な回避措置ではなく、本件雇止めが許容される条件としては十分ではない。また、(証拠・人証略)によれば、被告は、原告ら雇止め対象者に通知したのと同日である平成八年四月九日に、対象者よりも先に、全日本金属情報機器労働組合丸子警報器支部の役員に対し、雇止めをすること、その対象者及び理由として組立自動機の導入とM四リレーの受注減により八名の組立作業員が余剰となることを説明した事実が認められるが、これはすでに決定していた雇止めの方針を伝えたというに過ぎず、雇止めの規模、時期等について事前協議をしたというようなものではないことは明らかである。

2  原告らのように雇用契約の更新が繰返されて勤続が長期間に及んでいる臨時社員らを雇止めする際には、事前に十分に協議の機会を持ち、人員整理の必要を説明して了解を得る努力をすると共に、整理の必要な人数、その時期を明らかにしたうえで、まずは有利な退職条件等の呈示もふまえつつ、希望退職者の募集を試みるべきである。それでも退職者が現われない場合や必要数に満たない場合には、対象者の選定方法につき、重ねて協議の機会を持つべきである。これは、十数年以上もの長期間勤務を継続してきた臨時社員らに対する配慮として信義則上当然のことと考える。

3  してみると、右の措置を経ていない本件雇止めは、信義則に反することが明白である。

五  原告らが六〇歳以上であることの問題

1  被告は、本件雇止め当時原告らがいずれも満六〇歳に達していた点を、雇止めの合理性の重要な根拠として掲げるところ、これは前記第二の四の3及び4(二)にあるとおり、次の三つの観点ないし根拠によるものと理解される。

(一) 日本ではおおむね六〇歳になれば退職することが広く社会的に受け入れられており、被告においても正社員の定年は六〇歳であるから、原告らと被告間でも、臨時社員が六〇歳に達した場合には、期間満了によって雇止めされることがあり得ることは当然の前提となっていたものであり、六〇歳を超えて働けることは予想していなかったこと。

(二) 定年制が法解釈上においても社会的にも是認されていることにかんがみれば、短期の雇用契約が更新されて、臨時社員が社会一般に相当とされる定年の年齢であり被告における正社員の定年である六〇歳に達した場合は、被告にはそれ以上継続して雇用契約を更新すべき義務は条理上存在せず、本件雇止めは、権利の濫用や信義則違反に該当しないというべきであること。

(三) 雇止め対象者の選定の合理性という観点から、正社員の定年や社会一般の定年退職の慣行にかんがみ、雇止めによる不利益が少ないと考えられる六〇歳以上の者を対象とするのは合理的であること。

2  まず(一)について見るに、本件雇止め以前は、六〇歳を超えた臨時社員も何ら問題なく雇用契約が更新され、それらの者に対しても雇止めがなされたことは一度もなかったのである。例えば、(証拠略)によれば、臨時社員中最年長者であった両角一枝は、昭和二年三月二五日生まれで本件雇止め当時六九歳であり、六〇歳に達したのは昭和六二年三月二五日で、以後同年四月一日から九年間、回数にして一〇八回の更新を繰り返して来ている。被告主張のように、六〇歳に達すれば雇止めがあり得ることは当然の前提であり、それを超えて働けることは、臨時社員も被告も予想していなかったとの認識が双方に存在していたとは到底認められない。

3  次の(二)は、正社員の定年制との均衡を理由に、被告には六〇歳以上の臨時社員の雇用を継続する義務はないという観点からのものである。

右主張は、正社員との勤務期限の均衡をとり上げているわけであるが、およそ労働者の待遇は、勤務期限のみならず給与、賞与、昇進の機会の有無等さまざまな要素があるのであって、そのうちの一部だけを取り上げて彼此の均衡を論ずるのは相当でない。(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、被告における臨時社員は、正社員のような年功序列賃金体系がとられない結果、勤務年数を重ねるごとに正社員との賃金の差が拡大して行く状況にあり、賞与も正社員とは歴然とした格差があるし、退職手当の支給額も大幅に異なり、昇進の制度もないことが認められる。また、前述のように、被告において臨時社員制度を設ける自由は基本的には尊重されなければならないから、臨時社員の雇止めは正社員の整理解雇と全く同一条件でしか許容されないとまでは解されず、その点でも臨時社員は身分的に不安定である。このように、待遇を全体的に見れば、臨時社員の方が明らかに不利な面が多く、勤務期限のみを取り出して正社員との不均衡を問題視するのは片手落ちであり不公平というべきである。むしろ、臨時社員の処遇面で正社員より有利な点は定年制がないことであるから、被告においては六〇歳を超えても雇用継続を希望する臨時社員については、その労働能力ないし適格性に問題がない限り、信義則に則った真摯な対応が求められるといわなければならない。

したがって、正社員の定年制との均衡上、六〇歳以上の臨時社員については雇用契約の更新義務は一切ないとの被告の主張はただちに採用できない。

4  (三)については、雇止め対象者の選定基準として、正社員であれば定年退職となる年齢の者を対象とするということは、基準の立て方としてそれなりの合理性があり、具体的に妥当な場合もあり得ると思われる。しかし、前述のように、対象者の選定についても労使間の十分な事前協議を経る必要があると考えられるから、それが全く行われなかった本件において、一方的な選定基準の合理性を論じる意味は乏しいといわなければならない。

なお、(証拠略)によれば、雇止めの対象とされたのは、原告らのほか、女性臨時社員が五名、男性嘱託社員が一名の合計八名であり、その当時の年齢は六〇歳ないし六九歳、勤続年数は男性嘱託社員が六年九月、女子臨時社員は一五年九月から最長は二八年七月に及び、原告ら以外は非組合員であったことが認められる。こうした被告の雇止めは、臨時社員らに正社員の定年制を唐突に適用し、勤続年数の長い従業員を不当に冷遇したとの批判も不可能ではない。やはり経営上の必要から雇止めを実施する場合には、慎重な考慮と共に、労使間で十分な事前協議を尽くすことが不可欠というべきである。

5  結局、原告らが本件雇止め当時六〇歳に達していたことは、本件雇止めの正当性を肯認する根拠とはならないといわなければならない。

六  原告らの地位と賃金

1  以上のとおり、原告らに対する本件雇止めは、それに先立っての希望退職者の募集などの回避措置及び労使間の事前協議を経ていない点で、明白な信義則違反があるうえ、雇止めの経営上の必要性を認めることも困難であるから、権利の濫用にあたりいずれも無効といわざるを得ず、また、原告らが六〇歳に達していたことは、何ら本件雇止めを正当化できる根拠とはならないというべきである。

したがって、原告らは平成八年六月一日に他の臨時社員と共に雇用契約が更新され、以後その更新が繰り返され、現在もなお二か月ごとにこれが更新される被告の臨時社員たる地位にあるものである。

2  原告らの給与日額は、いずれも平成八年一月から六五一三円、毎日午後四時四五分から五時までの一五分間の残業に対する手当が日額二八〇円で、合計六七九三円となること、原告らの一か月の平均就業日数は二一・五日であり、一か月の平均給与は、六七九三円×二一・五で一四万六〇五〇円であること、給与の支払日は毎月二五日であることについては当事者間に争いがない。したがって、被告は原告らに対し、平成八年六月二五日の支払分から、右各金額の給与を支払うべきである。

3  次に、原告らが所属する前記労働組合と被告との間に、平成八年七月二六日、夏期一時金(賞与)について協定が成立し、同年一二月一二日、年末一時金(賞与)について協定が成立したことは当事者間に争いなく、右各協定の内容及び(証拠略)によれば、原告らに対し、平成八年夏期賞与として、同年八月五日に最低でも二五万五〇〇〇円ずつを支給すべきこと、同年年末賞与として、同年一二月二〇日に最低でも二五万一〇〇〇円ずつを支給すべきことが認められる。したがって、右各賞与分及びその遅延損害金についても、原告らの請求が認められる。

4  そこで、原告らの被告に対する労働契約上の地位を確認したうえ、給与、賞与の各請求を全部認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤貞男 裁判官 川島利夫 裁判官 林正宏)

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